*こちらの記事は弊社代表の関治之が別法人である、一般社団法人Code for Japanの代表として「情報処理学会デジタルプラクティス Vol.7 No.2 (Apr. 2016)」に掲載した記事の抜粋です。
2011年3月11日に発生した東日本大震災および福島第一原子力発電所の事故により現在でも避難生活が続く福島県浪江町では,2016年1月時点でも町への帰還は始まっておらず,全町民が長期および広範囲にわたる一時避難生活を強いられている.町からの復興状況の知らせやニュースなどは,町からの広報誌などを使って伝えてはいるが,紙による情報伝達だけではタイムリーさや情報の密度に欠け,十分に必要な情報を伝えられているとは言いがたい状況であった.
また,家庭によっては,仕事の関係などで家族が別々に住んでいるところもあり, 町民同士の情報交換も必要とされている状況であった.
このような状況に対し,町はフォトフレームを配布し情報配信を行っていたが,一方通行の情報配信であり, その上更新頻度も低く,写真のスライドショー形式では伝えきれない情報も多く,あまり有効に活用されている状況ではなかった.
そこで,町は新しいデバイスを配布し,町民に必要な情報を届けることを決定した.
利用するデバイスは,文字サイズや操作性などを考慮し,お年寄りでも利用しやすいタブレット端末を配布することとなった.タブレット端末を通じて情報を配信することで, よりタイムリーな情報を伝えることができるとともに, 町民同士のコミュニケーションの活性化も期待できる.
また,ブラウザや動画ツールなどの既存ツールを利用することでも,生活の質が向上することを狙った.
しかし,配布するタブレット端末を通じて,自治体としてどのような情報を,どのように町民に届けることが必要かを検討し,開発する必要があった.
そこで,(一社) コード・フォー・ジャパンに協力を依頼し,そもそも住民はどのような生活を営み,どのような課題を持っているのかを把握するためのペルソナ作成や,アイデアソン/ハッカソンによる住民参加型のプロトタイピングを通じて,できるだけ使われるアプリケーションの設計を実施した.
さらに,プロトタイピング実施以降も,町民の反応を見ながらシステムを柔軟に変更するためのアジャイルプロジェクトマネジメントや,特定の事業者への依存度を減らすためのオープンな調達仕様の作成や調達を実施した.
これにより,従来の同様の取り組みに比べ, 高い利用率を保つアプリケーションを,予定調達価格よりも大幅に下回るかたちで開発することができた.
本稿では,「町民中心設計」のポリシーの元に浪江町で行った, これらの要求開発やシステム開発のプラクティス,およびその成果について述べる.
(一社)コード・フォー・ジャパンでは,行政に対して高度IT人材を派遣するフェローシップというプログラムを行っており,このプログラムを使い浪江町にこれまで3名の技術者を派遣(2名はフルタイム勤務,1名はパートタイム勤務)し,後述するワークショップのサポートなども行っている.
本稿において,
第 2 章では,浪江町の状況についてを解説している.
第 3 章では解決すべき課題について提示し,
第 4 章では課題解決のための仕様検討プロセスについて,
第 5 章ではシステム調達とプロジェクトマネジメントについて,
第 6 章では得られた結果について,
第 7 章では,今後についてを記述している.
浪江町は福島県東部の沿岸部にある自治体で,震災後発生した福島第一原子力発電所の事故により,町内は全域が避難指示区域に指定され,町民はいまだ仮設住宅や借り上げ住宅,親戚などの家での一時避難生活を強いられている.
震災発生時の住基台帳人口は 21,434 名,震災による直接の死者は 182 名,その後の避難生活での体調悪化や過労など間接的な原因で亡くなった震災関連死者数は,本事業の検討時点である 2013 年 12 月 31 日時点で 315 名を数える.避難先は福島県内が約 7 割で,和歌山県以外のすべての都道府県に避難先が点在している.
2013年 8月 9日~ 23日に町が行った帰還意向調査では,復旧後の町へ「戻りたい」が 18.8%,「戻りたくない」が 37.5%であったが,「判断がつかない」が 37.5%あった.
また,「判断がつかない」と回答した人は,判 断をするために必要な情報として,道路などのインフラの復旧や除染の現状や見込み,ほかの住民の意向などを 欲しており,町の復興の状況や見通しなどといった情報をタイムリーに伝えていくことが必要な状況であった.
今回タブレット配布事業を行うにあたり,町では以下の3つの目的を設定した.
1)町民同士の絆の維持,町民とふるさとの絆の維持
2)町からの情報発信の強化
3)町民の生活の質の向上
当初の配布対象は,約 1 万世帯ある世帯のうち,希望する世帯すべてに 1 台ずつを配布する予定であった.
しかしながら,事業を検討するにあたり,町民に対してタブレット端末を配布している県内の先行自治体のタブレット利用率(1 カ月に 1 度でも触れたことのある場合もカウント)を調査してみたところ,利用率は 50% 前後であり,低いところでは 35% と低迷している状況であった.
利用率が低迷している原因として,アプリケーションの開発が委託された大手事業者の主導で行われ,端末によっては自由にアプリケーションがインストールできないなどの制限もあり,使い勝手が悪くなってしまったことが挙げられる.
浪江町でも,多くの町民はタブレット端末を使ったことがまったくなく,情報が届きづらくなっているメインの想定利用者がお年寄りでもあったことから,いかに使ってもらえる,使いたくなるアプリケーションを設計するかが,最も重要な課題であった.
また,使いたい人が使うという一般のアプリケーションとは違い,避難先の環境や家族構成,ITリテラシー,性格の違いなどがある中で,本当に必要とされるものを開発することが必要とされていた.
一口に避難生活といっても,県内避難/県外避難,仮設住宅/借り上げ住宅,家族構成などによって状況はさまざまであり,それぞれのユーザニーズを把握するのは容易ではない.
そこで, ユーザエクスペリエンスデザインの専門家に依頼をしてユーザインタビュー(デプスインタビュー) を実施した.
デプスインタビューは,県内,県外, 仮設,借り上げ,家族構成などを分け 10 回を実施した.
インタビューは,支援員とインタビューのモデレータが町民の居住空間に直接訪問し,1 件 60 分程度で実施した.
インタビューにて町民プロフィールおよびライフスタイル,コミュニティへの参加度合い,情報取得方法と IT リテラシー, 浪江町とのつながり意識について確認した.
分析の結果, みんなの相談役,巻き込み隊長,おひとり様,ピボット 家族,SOS,の5 つのタイプの利用者が想定できることを確認できた.
また,そのタイプごとに,今後のプロジェクト関係者が対象グループのユーザのニーズを把握しやすくするためのペルソナを作成し,資料化を行った.
デプスインタビューとペルソナ作成を行うことで町民の直面している課題についてはある程度整理ができたが,何が必要なのか?といった課題については,インタビューからではなかなか発見することは難しい.
直接当事者に「何が必要か?」ということを尋ねても,表面的な分かりやすい対策以上の創造的な解を見つけることは難しいからである.
そこで,創造的な解決策を導き出すために,当事者を含む多様な参加者を交えて解決策を考える,アイデアソンを行うこととし,福島県内および都内で,計 6 回実施した.
アイデアソンとは,アイディアとマラソンを組み合わせた造語であり,複数人が短時間でアイディアを出し合うワークショップのことである.同じくハッカソンという,ハックとマラソンから生まれたプロトタイプ作成ワークショップに向けて,タブレット端末アプリケーショ ンが備えるべきアプリケーションを導き出すことをゴールとして設計した.
参加者には,当事者である避難住民,技術的な解決策 を提示できる技術者,およびデザイナなどを呼び,創造 的なアイディアが出るように工夫した.
本プロジェクトでは,全世帯に対してのアイディアを考慮する必要があったため,前半の 4 回を拡散フェーズ, 後半 2 回を深掘りフェーズとして,2種類のアイデアソンを行うこととなった.
アイデアソンは,大きく以下の 3 つのパートに分けて 進行した.
A)町の状況のインプット:役場職員から,町の位置, 震災当時の状況,一時避難の状況,帰還意向アン ケートの結果といった町のマクロな状況や,現行 で町から行っている情報提供手段などについて解 説を行った.
B)ペルソナの解説:インタビューにより作成したペ ルソナの,5 つのタイプの利用者像を紹介した.
それぞれがどのような課題を抱えているか を示し,できるだけユーザの実情を想定してアイ ディアを出してもらうように工夫した.
C)アイディア創発ワークショップ:参加したメンバー間で,現状の課題から創造的なアイディアを発想するためのワークショップを実施した.
ここでは, 技術者や避難生活を行っているお年寄りといった, 情報リテラシーもマインドも異なるようなメンバーでも意見交換ができるように,以下のような工夫を取り入れた.
アイデアソン(拡散フェーズ)を数回行った時点で, 同じようなアイディアが多く出始めることに気がつい た.そこで,拡散を中心としたそれまでのアイデアソン のやり方を変更し,これまで出たアイディアをより深めていくようなアイデアソンを行うこととした.
まず,それまでの 4 回のアイデアソンで,延べ 216 名から 607 のアイディアを収集していたが,それらを一旦 KJ 法(情報をカードに記述し,カードをグループごと にまとめて要約していく分類方法)で分類することで, 16 種類のアイディアに分類した.
そして,
これらの分類と出たアイディアをベースにさらに以下の 2 回のアイデアソン(深掘り)を実施し,各分類に対して実現性の高いアイディアを作っていくブラッシュアッププロセスを通じ,実際の活用シーンを検討するユーザシナリオを作成した.
1)アイディアの可能性を引き出し磨く PPCO プロセス
分類されたアイディアの良い所を引き出し,さらに磨くために,PPCO プロセスを実施した.
PPCO プロセス とは,PP(Plus Potential)フェーズで潜在可能性を列挙 し,C(Concern)フェーズで懸念点を列挙,O(Overcome) フェーズで洗いだした懸念点を打破するという,石井力重氏が開発したプロセスである
主催側で 16 の分類を紹介し,それぞれ検討を行いたい人達でチームを作り,シートを使いながら,
すべてのフェーズについて皆で話し合い,アイディアを整理してもらった.
このようなプロセスを通すことで, 思いつきのアイディアがより具体的に深まると同時に, 検討を進めていくとぶつかるであろうマイナス要因をあらかじめ積極的に予測し,それを克服するアイディアを皆で考えることで,より現実味のあるアイディアに落とし込んでいった.
2)体験スケッチボードを使ったシナリオ作り
さらにアイディアに具体性を持たせるため,体験スケッチボードという,ユーザ体験をまとめるための用紙を使って,実際にはユーザがどのようにサービスを知り, 利用するかを考えてもらった.
体験スケッチボードとは,(株)グラグリッドが作成したテンプレートで,あるサービスを使うユーザがどのようにサービスを体験するかを記述するためのシートである.
このようなシートを使いユーザ体験を検討することで,より具体的な利用シーンを検討することができるようになった.
アイディアシートのままでは,実際にそのアイディアがどのようなシステムであり,どのような機能を持つべきなのか,実際にその機能が住民のリテラシーで利用可能なのか,住民は利用したくなるのか,現実的にアプリケーションが作成可能なのかといった点までは分からない.
しかし,一度しかできない発注業務で,実現可能かどうか分からない仕様書を作成して調達を行うことはかなりのリスクがある.
そこで,ハッカソンを通じて,アイディアを実際に動くかたちまで実装して,実現性を確認した.
ハッカソンは,東京および二本松を会場にして 2 回,土日の 2 日間のイベントとして実施した.
参加者はそれぞれ 50 名程度であり,エンジニアが 4 割,デザイナ 1 割,浪江町関係者 2 割,その他 3 割といった構成であった.
多様なメンバが参加することで,さまざまな視点を取り入れたアウトプットが生まれることを期待した.
また,ハッカソンには参加者からの技術的な質問に答えるメンターと呼ばれる専門家をつけることで,参加者の技術力を底上げし,品質を上げるような工夫を行った.
ハッカソンの開始時には,参加者に対して改めて浪江町の現状や課題について解説を行い,その後事前にアイデアソンで提示した 16 種類のテーマと,掘り下げたユースケースを提示し,参加したい人がテーマに集まるかたちでチームを作り,開発を行ってもらった.
その結果, 各回 7 ~ 8 チームが生まれ,それぞれが作品を作ることができた.
各チームは,2日間集中して開発を行い,最終的には何かしら動作するアプリケーションを開発することを目指した.
誰でも参加できるアイデアソンとは違い,ハッカソンでの開発プロセス自身に住民に参加してもらうことはできなかったが,作成したアプリケーションを実際に試してもらうために,住民を呼んで実際にアプリケーションを使ってもらうタッチアンドトライをハッカソンの最終日に行った.
そこでは,各チームが開発したものを 3 分間でプレゼンテーションした後,実際に作ったプロトタイプを住民の方に体験してもらった.
体験をしてもらった結果,浪江町の日々のニュースが分かる新聞アプリ,放射線量が視覚的に分かる放射線アプリ,町民同士の情報の交換ができるアプリなどは, 予想通りニーズが高いことが分かった.
また,同時に, YouTube や地図などの既存のアプリも利用してもらうことで,タブレット端末自体を使う際のハードル,操作で難しいと感じる点,魅力的だと感じる機能なども把握することができた.
ユーザインタビュー,アイデアソン,ハッカソンを経ていくつかのプロトタイプが作成された.
この中から, 明らかに要望が多く優先度も高いローカルニュースの配信,放射線量情報の配信,行政情報配信と,町民同士のコミュニケーションに強く影響しそうな世帯間 SNS および,利用率向上に寄与しそうな待受キャラクタ(アバタ) を開発することを決定した.
これについて,公開入札により事業者を公募し,開発を行っていく必要があった.
以前,同様の取り組みを調査した際に,開発したシステムを改修したいと思っても,特定の事業者に閉じたシステムで組んでしまうとその事業者以外には改修を行うことができないという問題が発生していた点や,他地域でも利用できるようなシステムを目指したいという点を考慮して,オープンソース化を行うことと,極力オープンなシステムを使うことを前提として調達仕様書を作成した.
また,事業者の決定も含めて,住民に開かれたものにしたいという思いから,入札事業者のプレゼンテーションや採点表も公開型で行うこととした.
入札の方式は,最低落札価格による入札ではなく,有識者も交えて,価格のみではなく技術面や提案も評価するプロポーザル方式にて行った.
仕様書の作成には(一社)コード・フォー・ジャパンのメンバも参加し,作成するソフトウェアはオープンソース化を行うこと,汎用的なシステムを利用すること, システムの開発フェーズでは,アジャイルプロセス(反復型開発の方法の例)を行うこと,プロトタイプの段階で町民に使ってもらいながら開発を行っていくことを盛り込んだ.
また,アジャイル開発を行うことから,それぞれのアプリケーションの詳細を事細かに決めるのではなく,ハッカソンで作成されたプロトタイプの画面イメージやアイディアスケッチなどを盛り込み,アプリケーションで達成すべき内容を伝えるのみとした.
また,目指すべき KPI も提示した.
さらに,すべてを自前で開発するのではなく,動画であれば YouTube を,テレビ電話であれば LINE を活用するなど,従来のソフトウェアで可能なものを活用することで,開発工数を減らした.
過去の類似の取り組みでは,通信事業者に回線とアプリの開発を一括で依頼することが多かったが,多くの事業者が参加できるように,回線とアプリケーション開発, 運用を分け公募を行った結果,6 社からの応募があった.
町民に開かれた入札を目指すために,入札事業者のプ レゼンテーションは,事前に了解を得た上で Web 上に 掲載した.また,選定結果の採点表についても同様に公開を行った.
公開を行うことで,落選した事業者からも,「納得度が高い」「今後の提案の参考になる」などの感想を得た.
オープンソースの活用をはじめとするオープン調達によって,従来の取り組みを元に算出した予定調達価格に対し,3 年間で 1 億円,率にして 50% 近くの削減を実施することができた.
また,アジャイル開発を行うことで, 随時住民に使い勝手のフィードバックをもらい,使いやすいシステムを開発することができた.
特に,ユーザインタフェースに関しては,仕様書だけでは表現しきることは難しいが,今回は実際に町民に使ってもらいフィードバックをもらいながら開発することで,より使い勝手の良い物を開発することができた.
事業者側の目線からも,すでに決定した仕様を開発するのではなく,何が必要かという点から町側と考える今回の仕組みは新鮮なものであった.
開発チームのプロジェクトマネージャであった山口氏は「町民の方の声を聞きながら細かく改善していった結果,作業的には大変でしたが,町民の皆さんが幸せになる.大変な部分もあったけど,それがあるから頑張れた」 と語った.
町民中心設計プロセス(ユーザインタビューによるペルソナ作り,アイデアソンやハッカソンといったワークショップによるアイディア創出やプロトタイピング), 民間人材の登用,オープンな調達,アジャイル開発といったプロセスを通じ,他市の同様の事例に比べても利用率の高いアプリケーションを開発することができた.
結果的に,新聞という住民にも理解がしやすいメタファーを使った,“浪江新聞”や写真を撮って共有するという,簡便に使えるインタフェースを備えた“浪江写真投稿”をはじめとするアプリケーションや,町民からの公募の末選んだ“うけどん”というキャラクタを使った待受キャラを開発することができた.
また,単にタブレットを配布するだけではなく,県内外の避難所や公民館などで,タブレットの使い方の講習会を 50 回以上開催し,延べ 1,700 人以上の町民が参加した.
結果として,予定調達価格を 1 億円削減しただけではなく,先行していた福島県内の他 4 町村での同様の事例に比べても高い水準である,70% を超える利用率を達成することができた(他 4 町村では 50% 前後).
2015 年 4 月と 5 月については,利用率は 80% を超えていた.配布開始してから 1 年近くたった 2015 年 11 月現在でも,70% を超える利用率を維持している.
また,本プロジェクトで開発された待ち受けキャラクタの“うけどん”は,町民の間でも人気のキャラクタとなり,タブレット端末以外の市の配布物や,イベントなどでも利用されるようになった.
本事業は,ディジタル上のツールを使って,地理的に断絶されてしまったコミュニティをどのようにつなげ直すか,または新たなコミュニティ作りのきっかけにするか,というチャレンジであった.
ヒアリングを通じて,「県外では特におくやみの情報が必要とされている」などといった事実や,仮設住宅の中で新しく生まれている住民コミュニティの中で必要とされている情報など,具体的なニーズを拾うことができた.
また,アイデアソンやタブレットの講習会の場を通じて,役場の担当者と住民の間で,陳情や要望とは違うポジティブで未来志向な関係性が生まれるなどの効果もあった.
加えて, 町が行った住民意向調査の結果を見ても, 3,056名中 472名が非常に満足,1,329 名がやや満足(満 足以上 70.5%)と回答しており,
町からの情報提供や,ふるさととのつながりの実感などの点で高評価を得た.
重要な点は,タブレット端末やアプリケーションはあくまでツールにしか過ぎないということである.
結局は, 何を作るかではなく,なぜ,どのように使ってもらうかを突き詰めていく作業と平行しながら開発を進めていくこととなる.
役場の内部や,町内会や仮設住宅コミュニティの中で主導的な役割を行っている人,復興支援員などといった人たちに使ってもらうためにどうするか,といった点に対する答えは,対話を重ねていく中でしか出てこない.
具体的なものを見せながら説明をしていくことで,より突っ込んだ話ができていく.
プロトタイピングやアジャイル開発(反復開発)を続けていくことで, おぼろげであったゴールが段々とクリアになっていくのである.
ステークホルダごとの利害関係が複雑になりやすくゴールが見えにくい公共サービスこそ,今回のように住民を設計に巻き込む「町民中心設計」プロセスが有効であるということが得られた.
現在,配布後のフィードバックを元に,引き続き,開発したアプリケーションについての改善や追加アプリケーションの開発を行っているが,今回のシステム開発は年度ごとに調達を行う必要がある.
また,数年後にはタブレット端末の OS のバージョンアップや故障等により,配布したタブレットが利用ができなくなる可能性もあり,住民自身が購入したタブレット端末やスマートフォンへのインストールができるようにする改修を行う 必要もある.
これらのサポートの一部はすでに始まっているが,今後,予算が限られる中で,長期的,継続的に発生する運用をどのように行っていくかは今後の課題である.
今回開発したアプリケーションは,オープンソースで 公開しているため,同様の機能が必要であれば無料でコピーして改良を加えることができるようになっている.
今後は他自治体への横展開や,コミュニティベースでの改善活動などについても積極的に行っていきたいと考えている.
謝辞 本プロジェクトの実現においては,浪江町役場の担当者の方々の本活動への前向きな理解と行動がなければ,実現は不可能であった.心からの感謝を申し上げたい.
参考文献
1) 浪江町 Web サイト:町民の避難状況(平成 25 年 12 月 31 日現在), http://www.town.namie.fukushima. jp/site/shinsai/20131231- hinannzyoukyou.html(2016 年 1 月 28 日現在)
2) 浪江町 Web サイト:平成 25 年度 浪江町住民意向調査(復興庁 福島県・浪江町共催)の調査結果, http://www.town.namie.fukushima.jp/site/shinsai/201310-ikoucyousa. html(2016 年 1 月 28 日現在)
3) 浪江町 Web サイト:仕様書や選定結果の公開ページ,http://www. town.namie.fukushima.jp/soshiki/1/8028.htm(l 2016 年 1 月 28 日現在)
4) あしたのコミュニティーラボ:未来を担う 85 年世代が感じた,こ れからの働き方―浪江町タブレットを利用したきずな再生・強 化事業,http://www.ashita-lab.jp/special/4545(/ 2016 年 1 月 28 日現在)
関 治之
1975 年生まれ.20 歳より SE としてシステム開発に従事.「テ クノロジーで,地域をより住みやすく」をモットーに,会社の 枠を超えてさまざまなコミュニティで積極的に活動する.東日 本震災時に sinsail.info という震災情報収集サイトの代表を務め, 被災地での情報ボランティア活動を行ったことをきっかけに, 住民コミュニティとテクノロジーの力で地域課題を解決する
「シビックテック」の可能性を感じ,2013 年に(一社)コード・ フォー・ジャパン社を設立.以後代表理事を務める.また,位 置情報を使ったシステム開発会社,合同会社 Georepublic Japan 社や,企業向けのハッカソンなどの,オープンイノベーション を推進する(株)HackCamp の代表も務めている.
2014年〜2015年