川崎重工業株式会社ロボットディビジョンでは、若手社員が主体となり、自由に失敗を経験しながら学び成長できる社内ハッカソンが開催されました。本記事では、その背景や企画、成果について、企画した入社5年目の藤本真巳子さん・齋藤優志さん・原洋揮さんに企画の背景や開催した価値などについてお話をうかがいました。
(HackCamp→H、藤本さん・斉藤さん・原さんは敬称略)
川崎重工業は日本でも有数の製造業企業として知られています。しかし、一部の部署では技術教育や人材交流の機会が少なく、「若手社員が成長する場が限られてしまっている」という課題がありました。また特にコロナ禍の影響で、ここ数年入社した若手が、実際の仕事の現場で先輩の背中を見て学ぶOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)が難しい状況が続いていました。
今回のハッカソンを中心的に企画した藤本真巳子さん(産業用ロボットのコントローラー開発担当)は入社5年目の若手社員です。「当部門ではソフトウェア分野の研修が少なく、また、組織の構造上ソフト担当者が各部に散らばっていたため、専門が近いもの同士の交流が難しいという状況がありました。技術研鑽と知識や経験を共有し、学び合えるつながりがほしかったのです」ともやもやした気持ちを抱えて仕事をしていた日々を振り返りました。
また、藤本さんと同期の齋藤優志さん(生産計画作成担当)は、「自分も独学でなんとか仕事を回していました。他の人のソフトについての考え方や活用方法を知ることができる、そんな機会があるといいなと思っていました」と、同じ課題感を抱えていました。
このような課題を解決するために、若手社員が主体的に動き、技術の習得や他部署との交流を通じて成長する場として今回の社内ハッカソンが企画されました。
川崎重工業がハッカソンのパートナーとしてHackCampを選んだ理由は、実現したい目的に適った柔軟なハッカソンのデザインと、技術研修のみに偏らないバランスの取れたプログラムにありました。
藤本さんは「いくつかの会社を検討しましたが、多くの会社がプログラミング言語の習得など単なる”技術研修”としてのプログラムだった中で、HackCampは技術研修だけでなく、社員間の交流や主体性の育成などの本質的な組織風土醸成を踏まえてプログラム設計をしている点が決め手となりました。きめ細かくニーズを汲み取ってくれて、私たちが実施したい目的に合わせ、柔軟にデザインしてくれる点が魅力だと感じました」と話します。
ハッカソンは2日間にわたって計画され、技術的な支援や人事部門の協力を得ながら進められました。参加者はロボットディビジョンの社員だけでなく、DX業務を担当する本社DX戦略本部の社員も含まれていました。
イベントでは、プログラムの作成・技術ハンズオン・チームごとの発表・外部メンターとの交流など、充実した内容が用意されました。特に、外部メンターとの交流は大きな刺激となり、参加者に新たな視点を提供しました。
ハッカソンにおいて、外部メンターの存在は非常に重要です。メンターは、専門知識や経験を持ち、参加者に対して技術的なアドバイスだけでなく、プロジェクトの進行や問題解決のサポートを提供します。特に、参加者のモチベーションを引き出し、プロジェクトを成功へと導く役割を果たします。HackCampのハッカソンでは、顧客が目指す成果を見据えたうえで、独自のネットワークを生かして多様なメンターをアサインすることができます。
藤本さんは「外部メンターからのフィードバックは非常に有益でした。自分たちの視点だけでは見えない問題点や改善点を指摘してもらえることで、プロジェクトの質が向上しました」と話しています。齋藤さんも、「メンターとの交流を通じて、新しい視点やアイデアを得ることができました。特に、自分たちが普段考えないようなアプローチを学べたのは大きな収穫でした」と述べています。外部メンターの存在は、参加者にとって新たな刺激となり、学びの幅を広げる貴重な機会となったようです。
ふだん業務で産業用ロボットのソフトウェア開発を担当している原洋揮さんは「メンターがいることで、プロジェクトの進行がスムーズになり、困難な状況でも前向きに取り組むことができました。彼らの経験や知識が、私たちの成長に大きく寄与しました」と、外部メンターのサポートによって、短時間のハッカソンでも大きな学びを得た点を評価しています。外部メンターのサポートによって、参加者は自信を持ってプロジェクトに取り組むことができ、成果を最大化することができました。
藤本さんは「 ハッカソンは数日程度の短期間での開催がほとんどですが、外部のエンジニアや異分野の方との交流を通して、自分の知識や視野が一気に広がり、主体的に学ぶきっかけになります。そのような機会はどの分野の社会人にも共通して必要なものではないでしょうか。社内・社外問わず、ハッカソンに飛び込んでみてほしいです」と同じものづくり企業で働く人たちに対して、参加を勧めています。
藤本さんたちの挑戦を、人事の立場からサポートしてきた同社の髙橋裕二さんは現場のエンジニアとはまた異なる「人材育成・教育」の視点から今回のハッカソンの価値を語ってくださいました。
ハッカソンはものづくり企業にとって、非常に価値のある教育的な場です。技術系の専門教育体系の整備が課題である中で、ソフト系の研修も重要視されてきました。同時に、部門間での交流や情報共有が少ないという課題もありました。
髙橋さんは、ハッカソンがソフト系の技術者が集まり、交流や情報共有が図れると同時に「最先端の知識習得・活用」も期待できると考えています。「今回、良かったのはロボットディビジョンのメンバーだけでなく、他事業部門であるDX戦略本部からも参加していただけたことに価値があったと考えています。これを機会にロボットディビジョンの中だけでなく、他部門との交流が生まれ、多様な知見を習得することができれば、若手社員にとって大きな成長の機会になると考えています」と、社内ハッカソンの意義について語ってくれました。
また、継続した社内ハッカソンの企画にあたっては「テーマによっては業種や職種が違っていても研修として成り立つところに価値があり、今後、様々な分野の集団を掛け合わせていくことが必要ではないか」と話しています。
さらに、製造業全体に対するハッカソンの価値について髙橋さんは「製造業と一括りにしても、実際には産業ロボット・船舶・航空宇宙・鉄道車両などそれぞれの事業分野で、固有の素晴らしい技術・アセットがあります。それらをうまく組み合わせる事ができれば、新しい価値を創造することができます。これは、ソフト系の分野にも同じことが言えるのではないでしょうか。そうした新たな知見を習得できる機会が、ハッカソンにあるのではないかと感じています」と総括しています。
参加者からは、他部署の社員との交流や新しい技術に触れることで「大きな刺激を受けた」とのコメントが多く寄せられました。
藤本さんは「普段の業務では他部署との交流が少ない中で、今回のハッカソンを通じて多くの新しい発見がありました。特に、チーム形成からプロトタイプの作成を一貫して行うという経験を通して、マネジメントの重要性に気付いたなど、技術以外の学びも多くありました」と話します。さらに「ハッカソンはいろいろなチャレンジができ、そして『失敗していい場所』です。人は失敗から多くを学ぶと言いますし、そのような機会を今後も作っていけたらいいなと思います」と、振り返りました。
齋藤さんは「異なる部署の人々との交流を通して、業務の幅が広がりました。ハッカソンを通じて築いた人間関係は、実際の業務にも役立っています」と述べています。また、原さんは、「短期間で集中して取り組む経験は非常に新鮮で、普段の業務とは異なる緊張感と充実感がありました。ハッカソンで得た知識やスキルは、今後のキャリアにも大いに役立つと思います」と、通常業務とは切り離されたハッカソンだからこその価値について評価しています。
ハッカソン実施後のアンケートによると、参加者の約8割がハッカソンに満足し「技術の習得や人脈の拡大に繋がった」という結果になっています。特に、外部メンター・社内他部署との交流が大きな刺激となり、今後の業務にも役立つ関係が築かれるという成果がアンケートから読み取れたそうです。
また、ハッカソンを企画する過程を通して若手社員が主体的に動き、失敗を恐れずに挑戦する姿勢も醸成されました。この経験は、社員一人一人の成長だけでなく、組織に対する社員の信頼を高め、活性化にも寄与すると期待されています。
今後の展望としては、さらに多様な年齢層や部署からの参加を募り「技術の習得と人材交流の両面でより充実したイベントを企画していきたい」と藤本さん。今後のハッカソンでは、ロボットディビジョンの特色を活かし、さらに多くの社員が参加できるように工夫していく予定です。
ハッカソンはこれまで、オープンイノベーションの文脈で語られ、社外のネットワークとつながる価値について焦点があたることが多い傾向がありました。そうしたオープン型のハッカソンが下火になってきた一方で、今回の社内ハッカソンは、若手社員が主体性を持ち、失敗を恐れずに挑戦する場=サンドボックス=を社内に設けることができたという点で大きな意義がありました。
川崎重工業株式会社 ロボットディビジョンの取り組みは、他の企業にも参考になる事例です。ものづくり企業の若手社員の成長と組織全体の活性化を目指し、今後もこのような社内ハッカソンの取り組みが広がっていくことが期待されています。
2023年10月〜12月(プロジェクト期間:約3カ月)
約20人